FINALIST
FUJIYAMA/NEO

あなたの活動内容は?
○キッチンカーにてタコス、コーヒー、いちごのスムージー等の販売。
メキシコのタコスを日本人好みにアレンジして販売。地産地消と言う事で静岡特産石垣いちごで作るスムージーも静岡とメキシコのコラボとして販売。
○静岡の皆様にタコスを食べてみて頂きたいと言う想いでキッチンカーを始めました。メキシコにはタコスと言う日本で言うおにぎりの様な食べ物が有ると言う事を知って頂きたいと思ったのです。静岡ではまだまだ知らない方が多いタコスをもっと身近なものにして行きたいです。
後は地産地消で静岡特産石垣いちごで作るスムージーの美味しさも味わって頂きたい。
メキシコと静岡のコラボです♪
朝から道の駅等駐車場で待機して居るトラック運転手の方々、公園でお子様を遊ばせて居るお父さんお母さんなど日頃からお疲れの方々には、ホッと出来る美味しいコーヒーも提供したいと思っております。
○少しずつ東京の方からタコスブームが来て居る様です。これをチャンスと受け止めて、もっとタコス共々当店の名前が拡がって行って欲しいので、大きなイベントにも参加して沢山の方々に食べて頂きたいと思っております。
Beauty Japanへの挑戦について
私は25年間会社勤めでは経理をやっておりましたが、その傍らでは、飲食店でもバイトをしたりして居ました。そんな中、経理で数字とにらめっこして居る時間よりも、飲食店でお客様と会話をし、汗水滴しながらも動き回り働く方が、自分に合って居る気がして、いつかは店を持ちたいと言う密かな夢を持っておりました。
私の父は59才で病気で他界しました。自分がその歳に近づいて行けば行くほど怖く、自分も命はそこまでなのではないかなど、有らぬ想像が膨らんで、父が生前「60までは仕事がしたかった」とポツリと言って居たのを度々思い出しては、私はこのままで良いのだろうかなどと言う思いにかられてモヤモヤして居たのです。そんな時にSNSでキッチンカーと言う物が有る事を知りました。これなら私にも出来るかも!と、思い立ったら居ても居られず、早速色んな情報集めから、自分が取得しなければならない資格等々水面下で始めて居ました。
では何を販売するのか。
私の知り合いで既に他界されましたが、昔メキシコに住んでいらして、良く私達夫婦にも簡単なタコスを作って下さった方がいらっしゃいました。
とても不思議な縁でした。今思えばこの仕事をする為に知り合えた方と言ってもいい様に思えて来ます。
私達夫婦が永年応援して来たスポーツ選手の関係者で、私達夫婦はいつしか子供の様に可愛がって頂いておりました。
その方は戦後の海外移住農地開拓者としてメキシコにご家族で移住された方でした。後1週間、終戦が遅ければ特攻隊として出撃していたかも知れないとおっしゃっていました。
そしたら私達とも出会えて居なかった。
そのご家族は農業の他、水産業にも成果を出して、日本とメキシコの橋渡しをしたと言っても過言では無い様です。4兄弟の長男だったその方は家督を残すべくお一人で日本に戻り、その後、清水に家を構えたそうです。
私達夫婦はその方と知り合いにならなければ、タコスを知る事はもっともっと後の事となった事でしょう。
そんな縁を大事にして来た私達ですから、自然とタコスに挑戦したい!沢山の人達にタコスと言う物を知って欲しい!と思った事は自然の流れでした。
勤めて居た会社の上司や同僚は私は定年まで勤めて辞めると思って居たので早期退職を願い出た時には最初は大変驚いて居ましたが、それでも皆さん快く送り出してくれました。迷惑を掛けたのに今でも応援し続けて下さっております。
この仕事を始める前、決心を友達数人に伝えた時に「俺らの歳になると、もう歳だからと諦める事が多くなって居るのにそんな決心して凄いゾ!」と背中を押して貰えた事も大きいと思います。
何歳だから無理とか諦めたらそこで終わりなんですよね。
モチロン若いに越した事は無いですが、自分自身の事、自分が本当にやりたい事に気が付くのってやっぱり色々やって来た後の様な気がします。
そして気が付いた時がスタートの時。やってみたらメチャメチャ大変ですが、やりがいもとても有る仕事です。
長距離移動でキッチンカーを運転して居る時は、トラック運転者だった父の事を想いながら無事に着けます様にと守って貰っております。
タコスを作る時には、楽しそうに客商売をされて居たタコスの伝道師様と言うべきその方の事を想いながら、美味しく出来ます様にと願っております。そんな余裕が無い時も有りますが。
色んな人の想いを胸に立ち上げたキッチンカー、今年の2月で丸4年経ち、5年目に突入致しました。今年は正念場だと思っております。
私が始めてから材料の値上げ等々が頻繁に行われて居て、まだまだ少しも自分の懐に入って来る物は有りませんが、何とか形になっております。
これからは方向性を確立して、もっとアピールして行く必要が有ると思っております!
その一環がこのコンテストでした。
お話を頂いた時にはビックリしましたが、挑戦する事が今の私の使命だと。これも運命、巡って来たチャンス!と思い参加させて頂きました。
長々とすみません。これが私の生きている証なのです。
